▲歴史・古典コーナー(第14回)
大和朝廷12 「大津皇子・大伯皇女」(1)

☆まず初めに、大津皇子の悲劇に着想を得て書かれた文学作品と作曲された歌曲について問題を出します。

問1、こんな書き出しで始まる古代小説の名前と作者名を答えてください。

「彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。まつ黒い夜の中に、更に冷え壓するものゝ澱んでゐるなかに、目のあいて來るのを、覺えたのである。
した した した。耳に傅ふやうに來るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくやうな暗闇の中で、おのづと睫(まつげ)と睫とが離れて來る。
膝が、肱(ひじ)が、徐(おもむろ)に埋れていた感覚をとり戻して來るらしく、彼の人の
頭に響いて居るもの・・・。全身にこはゞつた筋が、僅かな響きを立てゝ、掌・足の裏に到るまで、ひきつれを起こしかけてゐるのだ。
さうして、なほ暗い闇。ぽちりと目をあいて見廻す瞳に、まづ壓しかゝる黒い巌の天井を意識した。次いで、氷になった岩牀(ドコ)。兩脇に垂れ下がる荒石の壁。したしたと、岩傳ふ雫の音。ときがたった・・・・。眠りの深さが、はじめて頭に浮かんで來る。長い眠りであった。けれども亦、淡い夢ばかりを見續けて居た氣がする。うつらうつら思ってゐた考へが、現實に繋がってありありと、目に沁みついてゐるやうである。
 あゝ耳面刀自(みみもとじ)。・・・・・」

問2、「日本の詩人の詩による6つの歌曲の内、2番 自害の前に」を作曲した世界的作曲家はだれですか?

答えは、最後にあります。

☆万葉集の二人の短歌(大津皇子の悲劇に伴う短歌) 

・大津皇子、みまからしめらゆる時、磐余(いはれ)の池の堤にして、涙を流して作りましし御歌(みうた)一首 (謀反?が発覚して捕らえられ、刑死直前の歌)
百伝 (ももつた)ふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠りなむ

・大津皇子、密かに伊勢の神宮に下りて、上り來ましし時の大伯皇女(おほくのひめみこ)の御作歌(みうた)二首 (大伯皇女の弟の大津皇子の安否を気遣った短歌)
わが背子(せこ)を大和へ遣(や)るとさ夜ふけて 暁露(あかときつゆにわが立ち濡れし

ふたり行けど行き過ぎがたき秋山を いかにか君がひとり越ゆらむ

・大津皇子かむあがりましし後、大來皇女(おおほくのひめみこ)伊勢の斎宮(いつきのみや)より上るときの御作歌(みうた)二首
神風の伊勢の国にもあらましを 何しか來けむ君もあらなくに

見まく欲(ほ)り吾がする君もあらなくに 何しか來けむ馬疲るるに

・大津皇子の屍(かばね)を葛城(かつらき)の二上山(ふたかみやま)に移し葬(はふ)る時、大來皇女の哀(かな)しび傷(いた)む御作歌(みうた)二首
うつそみの人なるわれや明日よりは 二上山を兄弟(いろせ)とわが見む
            
磯の上に生ふる馬酔木(あしび)を手折(たを)らめど 見すべき君がありといはなくに

☆短歌の解釈は次回以降で。

☆二人の姉弟の出生、環境、背景
大津皇子・・・・663年(天智2年)、新羅征討百済救援の航海の途中、九州の那大津(なのおおつ、福岡県博多港あたり)で、父・天武天皇、母・大田皇女(父・天智天皇、母・遠智郎女)との間に生まれる。

大伯皇女・・・・661年(斉明7年)、新羅征討百済救援のための筑紫への航海中、大伯の海(岡山県瀬戸内市の沿岸)で父・天武天皇、母・大田皇女(父・天智天皇、母・遠智郎女)との間に生まれる。
673(天武2)年、14歳で斎王(伊勢神宮で天照大神に奉仕する)、大津皇子12歳、姉弟の別れ

母・大田皇女は667年(天智6年)大津皇子5歳、大伯皇女7歳の時、薨去。
二人は大きな後ろ盾を失う。→悲劇の始まり

母・大田皇女の妹に菟野讃良(うののさらら鸕野 とも 鵜野)皇女がいる。後の持統天皇。 菟野讃良皇女には息子の草壁皇子がいる。大津皇子より1歳上の異母兄。皇位継承順位1位。
系図を参照してください。大津皇子は皇位継承順位2位。→悲劇の始まり

大津皇子に関わる系図

 


☆日本書紀の天武天皇の崩御(死)と大津皇子の謀反の記述

朱鳥元年(西暦686年)九月の記述
「丙午(九日)に、天皇(天武天皇)の病、遂に差(い)えずして、正宮(おほみや)に崩(かむあが)りましぬ。戌申(十一日)に、始めて発哭(みねー哀しみの儀式)たてまつる。即ち殯宮(もがりのみやー本葬の前に棺に入れ一定期間、死者の霊を鎮め、故人を偲ぶための建物)を南庭(おほば)に起(た)つ。辛酉(二十四日)に、殯(もがり)し、即ち発哭(みねー哀しみの儀式)たてまつる。
是(こ)の時に当たりて、大津の皇子、皇太子(ひつぎのみこー草壁皇子のこと)を謀反(かたぶ)けむとする。


次回は日本書紀の本文等から、謀反なのか謀略なのか等、調べたいと思います。

主な参考文献:「日本書紀上-日本古典文学大系」(岩波書店)、「日本書紀(3)-新編日本古典文学全集」(小学館)、「折口信夫全集四、二十四巻」(中央公論社)、「死者の書ー折口信夫」「死者の書・身毒丸ー折口信夫」(中公文庫)、「萬葉集注釈ー沢瀉久孝」(中央公論社)、作者類別年代別萬葉集(森本治吉、沢瀉久孝ー藝林社)、「日本の歴史2」(中公文庫)、「天の川の太陽-黒岩重吾」(中央公論社)、「万葉悲劇の中の歌―金子武雄」(公論社)、「万葉のふるさと-清原和義」(ポプラ社)、「文芸読本 萬葉集-山本健吉編」(河出書房新社)、「萬葉百歌-山本健吉、池田弥三郎」(中公新書)、「文法全解・万葉集・大久保廣行」(旺文社)、「新明解・万葉集、古今集、新古今集」(三省堂)、「万葉集選釈・尾崎暢殃」(加藤中道館)「愛とロマンの世界-万葉の歌ひとたち-伊藤栄洪」(明治図書)他

答え→問一、「死者の書」 折口信夫(おりくち しのぶ) 問二、ショスタコーヴィチ

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