昔の歌-閑吟集2

 世間(よのなか)はちろりに過ぐる ちろりちろり
世の中は瞬く間に過ぎてしまう。ちろりちろりとね。
☆世間・・・人の世、世の中 ちろり・・・あっという間に、またたくまに
世の中の無常をちろりちろりという独特の面白くおどけた言葉で表現している。

 何(なに)ともなやなう 何(なに)ともなやなう うき世は風波(ふうは)の一葉(いちよう)よ
なんともしかたがないことさ、なんともしかたがないことさ。 世の中は荒れる波風に揉まれる一葉の小舟のようなものさ
☆何(なに)ともなやなう・・・どうすることもできない絶望、無力感、諦めの気持ちを表す
風波の一葉・・・人生の過酷さを嵐の風波に揉まれる葉っぱのよな小舟になぞらえている
この歌もしみじみと人生のはかなさ、虚しさを嘆いている。

 扇の陰で目をとろめかす 主(ぬし)ある俺を何とかしようか しようかしようかしよう
扇の陰からとろっとした色目を使ってさ。夫のあるわたしをどうしょうとするのさ。どうしょうとするのさ、どうしょうとするのさ、どうしょうとするの。  
☆とろめかす・・・うっとりとした目つきで色目を使う 主・・・主人 俺・・・わたし、男女ともに使われていた。二人称のおのれから転じて一人称に使われるようになった。
流し目を送る男に困惑する亭主持ちの女の気持ちがよく出ている、最後の繰り返しに困惑が高まる。うれしさもあるような?

 人買い船は沖を漕ぐ とても売らるる身を ただ静かに漕げよ 船頭殿
人買い船が沖を漕いでいきます。どうせ売られていく身ですもの、せめて静かに漕いでくださいな、船頭さん。
☆人買い船・・・人身売買で遠くの知らない土地に売られていく女、子どもを乗せた船、説教節の「山椒大夫」や森鴎外の「安寿と厨子王」を思い浮かべる。土地が開拓され、町が作られて繁栄していくと人手不足に陥る。すると貧困の家庭の女、子どもが狙われる。若い女性の場合は遊里に売られることもあったであろう。
沖・・・故郷をだんだん離れていく寂しさが漂う  とても・・・どうせ 諦めの気持ちがでている 
船頭殿・・・おそらくこういう船をこぐ船頭は荒っぽく漕ぐのが知れ渡っていたのであろう。売られていく辛い身の上をじっとこらえている嘆息の声が懇願となって殿がつけられた。
運命に逆うことができない薄幸の女性の諦めの切ない嘆きがひしひしと伝わってくる。

参考文献:「中世歌謡集」(朝日新聞 日本古典全書)、「神楽歌 催馬楽 梁塵秘抄 閑吟集」(小学館 日本古典文学全集の旧版)、「閑吟集」(真鍋昌弘、岩波文庫)、「閑吟集」(藤田徳太郎、岩波文庫の旧版)、「閑吟集を読む」(馬場あきこ、彌生書房)、「要説 万葉集・古今・新古今」(日栄社 巻末の付録)、「折口信夫全集ノート編18の口訳閑吟集」(折口信夫、中央公論)
(「25’年 秋」より)

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