▲歴史・古典コーナー(第13回)
大和朝廷10 「有間皇子の悲劇(3)

前回のあらまし
 有間皇子が蘇我赤兄の甘言の罠にかかって、つい謀反の本心を明かしてしまい、捕われのみ身になり、斉明天皇、中大兄皇子のいる牟婁温湯に護送される。途中の磐代で二首の和歌を歌う(日本書紀には記述なし)、牟婁湯で中大兄皇子の尋問を受ける。
「なぜ謀反を起こそうとしたのか」の中大兄皇子の問に、「天と赤兄とが知っているであろう。私は何も知らない」と有間皇子は答えた。処刑されることなく、再び大和へ向けて捕われの身のまま帰路につくが、藤白坂で絞首される。

 
 紀伊半島西部略図

大和から護送→紀の川の道沿い経由→紀伊半島西部海岸沿いを南下→和歌山→御坊→磐代 (二首の和歌)→牟婁温泉(紀の湯、現在の白浜温泉)で尋問→ 処刑されることなく再び大和へ向けて北上して護送→藤白坂で絞首

磐代(いはしろ)の浜松が枝を引き結びま幸(さき)くあらばまた還り見む

この歌は、有間皇子が捕らえられて、飛鳥から斉明天皇、中大兄皇子一行が湯治している牟婁温湯(紀温湯)で尋問を受けるため護送される途中、約20キロ手前の磐代の地で詠んだ歌で萬葉集の巻二に挽歌として載せられている。日本書紀には記述はない。
(語釈)
・松が枝を引き結び・・・・「が」は「の」の意味、生命力のイメージのある呪物である松の枝を結んで命が無事であることを祈る習俗、まじない。松は四季を通して常緑(生命力がある)であることから呪力があるとされていた。結び方は二本の枝を引き寄せて結んだのか、一本の枝を丸めて、先端を輪に通して引き結んだのか定かではない。松の枝に自分の魂も祈りの中に結んだであろう。

・ま幸(さき)くあらば・・・・「ま」は接頭語、命が無事であったなら
・また還り見む・・・・またここに帰ってきてこの結び松を見ることにしよう。

(磐代の浜の松の枝を引き結んで、もしも命が無事であったならここに帰ってきてこの結び松を見ることしよう)


・家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る


(語釈)
・家にあれば・・・・家にいたなら(いつも)
・笥(け)・・・・ご飯を入れる器
・草枕・・・・旅にかかる枕詞。旅先で草を集めて仮の枕にしたイメージから旅にかかる枕詞となった。
・旅にしあれば・・・・捕われの不自由な旅に出ているので 「し」は強調
・椎の葉に盛る・・・・二つの解釈がある。一つは、椎の葉にご飯を盛って食べる。 二つは、磐代の道祖神にお供えのご飯を椎の葉に盛る。二で訳しました。

(家にいたなら器に盛って、道の神様にお供えするご飯を今は捕われの不自由な旅の身であるので椎の葉に盛ってお供えすることだ)・・・☆お供えをして道の神様に身の無事を祈る気持ちが込められている。

※私見・・・、護送されたとはいえ亡き孝徳天皇の皇子である高貴お方なのでぞんざいに扱われる筈はなく、ご飯はきちんと器に盛って供されたものと思われる。有間皇子はその盛られたご飯の一部を取り分けて道祖神に供えるため椎の葉に盛ったのではないか。

大和から護送→紀の川の道沿い経由→紀伊半島西部海岸沿いを南下→和歌山→御坊→磐代 (二首の和歌)→牟婁温泉(紀の湯、現在の白浜温泉)で尋問→ 処刑されることなく再び大和へ向けて北上して護送→藤白坂で絞首

有間皇子は再び折り返して護送され藤白坂で殺されたと言うことは、磐代は再び通ったことになるので結び松は見たことになります。

有間皇子の悲劇はよく知られていたらしく、後の人々も同情を寄せた歌が何首か残されている。

磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見かけむかも (長忌寸吉麻呂)
訳(磐代の岸の松の枝を結んだ人は再び帰ってきて見たであろうか)

磐代の野中に立てる結び松情(こころ)も解けず古(いにしへ)思ほゆ
(長忌寸吉麻呂の作とされているが、はっきりしないとの注が添えられている)
訳(磐代の野中に立っている結び松は、今も結ばれたままであるが、これを見ると悲しい気持ちになって心が晴れないで昔のことがしのばれてならない))

鳥翔成(つばさなす)あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ(山上憶良)       訳(有間皇子の魂は、空を駆け巡って通って来てはこの結び松を見るであろうが、人は誰もこのことを知らないが、松はきっと知っているだろう)

後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまた見けむかも   (柿本人麻呂歌集)
(後で見ようとあなたが結んだ磐代の小松の梢を、皇子はまた見たであろうか)

主な参考文献:「日本書紀上-日本古典文学大系」(岩波書店)、「日本書紀(3)-新編日本古典文学全集」(小学館)、「日本の歴史2」(中公文庫)、「天の川の太陽-黒岩重吾」(中央公論社)、「万葉悲劇の中の歌―金子武雄」(公論社)、「万葉のふるさと-清原和義」(ポプラ社)、「文芸読本 萬葉集-山本健吉編」(河出書房新社)、「萬葉百歌-山本健吉、池田弥三郎」(中公新書)、「愛とロマンの世界-万葉の歌ひとたち-伊藤栄洪」(明治図書)他

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