昔の歌-閑吟集3


 いくたびも摘め 生田の若菜 君も千代を積むべし
何度も摘みなさい、生田の若菜を。そうすればあなたも千代の歳を重ねるでしょう。
☆生田・・・神戸市にある生田神社付近、若菜の名所。 若菜・・・・今で言うと七草粥、邪気を払い、無病息災、健康長寿を祈って食べる、春に雪間からようやく芽吹きだした若菜の持っている不思議な生命力を体内に取り入れるならわし。今の春の七草は、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。
千代・・・・千年、長寿のたとえ、国歌「君が代」の「千代に八千代に・・・」

 霞分けつつ小松を引けば 鶯(うぐいす)も野辺に聞く初音
春霞のなかを(今年の幸せ願って)小松を引き抜いていると、野辺には鶯の初音がきこえてくるよ
☆小松を引く・・・・松は常緑樹で古来から不思議な生命力、霊力を持っている植物として尊ばれてきた。松の不思議な生命力、霊力に若菜と同じようにあやかろうとして、健康長寿を願った。具体的に小松をどうするのか不明、松の新芽を抜き取るのか、地面から這い出した新芽、新枝を引き抜くのか。松の霊力は今もお正月の門松松竹梅などにも残っている。
松の霊力にあやかろうとした万葉集の歌にこのHPでも触れた有間皇子の「磐代(いはしろ)の浜松が枝を引き結びま幸(さき)くあらばまた還り見む」があり、有名。「’21年1、2月」と「歴史・古典コーナーの13」参照してください。
鶯の初音・・・・鶯の初音に厳しい冬が終わってようやく暖かい春がやってきた喜びにあふれている。
鶯・・・・朝ドラの「ばけばけ」で話題になったウグイス、リヨ(北香那)がヘブンにプレゼントした鳥は実際には鶯ではなくメジロ(目白)、目の周りが白く縁どられている。
ホーホケキョと鳴き「春告鳥」として親しまれている。野山や藪を好み虫をよく食べる。羽は茶色で地味、目の上に白い線が横に何本か入っている。庭先には余り飛んでこないようだ。古来からの「梅に鶯」は昔の人がメジロと誤ったのか、或いは、目と耳で春の到来を告げる代表として取り合わせたのかも知れません。
メジロは羽の色が薄緑で目の周りが白く縁どられている。自分の庭の梅にも実際にやってきます。ピーピー、チーチー、チュルチュル・・と鳴きます。

 身は錆太刀 さりとも一度 とげぞしようずらう
私は(老いてしまって)錆びた太刀のようなもの、でもさ、一度は必ずこの恋は成し遂げてみせるぞ
☆錆太刀・・・老い衰えた自分を卑下してこのように表現、太刀には男性のシンボルも暗示している。
さりとも・・・さありともの略。
とげぞ・・・刀を「研ぐ」と思いを「遂げる」を掛けている。「ぞ」は強調。遂げるとはここでは恋の成就であり、彼女との情交を意味する。
しようず・・・「せむとす」→「せうず」→しようずで読みはショウズ。
らう・・・「らむ」の口語形でロウと読む。
老いてはいるが恋への情熱、執念が凄い。男の出世や何かの目標への情熱、執念と読むこともできる。或る意味、新年にふさわしく勇気づけられる歌謡。

 庭の夏草 茂らば茂れ 道あればとて 訪(と)ふ人もなし
庭の夏草よ、もっともっと茂ればいいさ、どうせ道があったとて誰も訪(たず)ねてきゃしないんだからさ
☆茂らば茂れ・・・投げやり、諦めの気持ちがよく出ている。茂るとは雑草が道を覆ってしまうことを表している。
恋人がもう来なくなってしまった女の嘆き、投げやりなぼやき。
 
参考文献:「中世歌謡集」(朝日新聞 日本古典全書)、「神楽歌 催馬楽 梁塵秘抄 閑吟集」(小学館 日本古典文学全集の旧版)、「閑吟集」(真鍋昌弘、岩波文庫)、「閑吟集」(藤田徳太郎、岩波文庫の旧版)、「閑吟集を読む」(馬場あきこ、彌生書房)、「要説 万葉集・古今・新古今」(日栄社 巻末の付録)、「折口信夫全集ノート編18の口訳閑吟集」(折口信夫、中央公論) 「上代の呪的信仰」(金子武雄 新塔社)
(「26’年 新年より)

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