昔の歌-閑吟集4
| ▲閑吟集4(HPの「歴史・古典文学コーナー」にも転載) 閑吟集は今回で一旦終了します。次回は万葉集の東歌の歌をあげます。 犬飼星は何時候ぞ ああ惜しや惜しや 惜しの夜やなう 犬飼星さん今は何時ですか、(めったにないこの)逢瀬の時が過ぎてゆくのがとても惜しい、本当に惜しい夜だこと ☆犬飼星・・・・いぬかいぼし、七夕の彦星、アルタイ、牽牛星(中国名) 何時候・・・・なんどきさふろふ→なんどきそうろう なう・・・・のう 久しぶりに恋人に逢った女の喜びと時が過ぎるのを切なく思う気持ちが惜しやによく出ている。 めったに会えない逢瀬を一年に一度しか逢えない彦星と織姫の切ないロマンチックな伝説になぞらえ犬飼星を登場させるなんてなんとセンスがいいことか。 ※犬飼町が大分県豊後大野市にあり、埼玉県所沢市に星の宮という洒落た名前の町があります。 秋の夕べの虫の声々 風打ち吹いたやらで さびしやなう 秋の夕暮れの虫の声々がふっと一瞬小さくなった、風が吹いたようで(あの人が来たんじゃなかった)寂しいな ☆秋の夕暮れ恋人をじっと静かに待つ女の省略と余韻余情で切ない気持ちを表したつぶやき、閑吟集の秀作の一つ。 やらで・・・・ようで また湊(みなと)に舟が入るやろう 空櫓(からろ)の音がころりからりと また港に舟が入ってきたようだね、空櫓の音が聞こえてくるよ、ころりからりとね ☆港町の妓楼(男性を酒色でもてなす店、遊郭)で静かに客待ちをする遊女のふいと口をついて出た寂しいつぶやき。「また」と「ころりからり」の表現に諦めとなんとも言えない投げやりな哀感がこもっている。 空櫓・・・・停泊間近で櫓を浅く入れて漕ぐ漕ぎ方、唐土船(もろこしぶね)の唐櫓とする説もある。 ころりからりと・・・・閑吟集(或いは当時の)に時々出てくる独特のオノマトペ、閑吟集2で挙げた「世の中はちろりに過ぐる ちろりちろり」が思い浮かぶ。今の櫓を漕ぐ音は「ギーギー」のようだ。 ただ人は情(なさけ)あれ 夢の夢の夢の 昨日は今日の古(いにしへ) 今日は明日(あす)の昔 なにはともあれ人は情けが大事だよ、夢のようなはかない世の中だからさ、昨日は今日の古(いにしえ)、今日は明日の昔さ ☆戦乱が打ち続く明日とも知れない当時の人々の不安、空しい気持ちをよく表した歌、生き抜くためにはお互いを思いやる情けが大事だと歌っている。 閑吟集ではないですが大学時代、中世文学の先生のプリント資料の今様の中に 「昨日見し人今日はなし 今日見る人も明日はあらじ 明日とも知らぬ我なれど 今日は人こそかなしけれ」(宝筐印陀羅尼経料紙今様)の歌がありました。 宝筐印陀羅尼経は、密教のお経の一つ、料紙とは奈良時代に加工装飾された紙、今様は当時の今風の歌謡。 「昨日会った人はもういない、今日会っている人も明日はいないかも知れない、明日生きているかどうかわからない自分だけれど 今日こうして会っている人が切なくいとしいことだ」 ※昭和29年(1954)に公開された映画「七人の侍」(黒沢明監督)の主題歌の歌詞に取り入れられている。山口淑子歌唱、アニメの「平成狸合戦ぽんぽこぽん」(1994年、平成6年)でもこの歌謡が歌われている。 雨にさへ訪(と)はれし中の 月にさへなう 月によなう 雨が降っても来てくれた仲なのに (こんなに美しい)月夜でさえ来てくれないなんて 月夜なのにさ ☆足がいつの間にか遠のいてしまった恋人への嘆き、女のため息が聞こえるような歌 参考文献:「中世歌謡集」(朝日新聞 日本古典全書)、「神楽歌 催馬楽 梁塵秘抄 閑吟集」(小学館 日本古典文学全集の旧版)、「閑吟集」(真鍋昌弘、岩波文庫)、「閑吟集」(藤田徳太郎、岩波文庫の旧版)、「閑吟集を読む」(馬場あきこ、彌生書房)、「要説 万葉集・古今・新古今」(日栄社 巻末の付録)、「折口信夫全集ノート編18の口訳閑吟集」(折口信夫、中央公論) 「上代の呪的信仰」(金子武雄 新塔社) (「26’年1、2月」より) |
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